COURSE NAVI一度は訪れる価値のある感動のコースをピックアップ

大地の巨匠

“UEDAism”が凝縮した晩年の名作
有馬ロイヤルゴルフクラブ(ロイヤルコース)
設計家 上田治

1907年(明治40年)生まれの上田治が最初にコースを設計したのは門司ゴルフ倶楽部(福岡県)。1934年(昭和9年)、28歳の頃だ。以降、50コース以上をデザインし、1978年(昭和53年)、72歳でその生涯を閉じている。有馬ロイヤルゴルフクラブが開場したのは1972年(昭和47年)だから上田治66歳の作品ということになる。“上田ism”が凝縮した晩年の名作「有馬ロイヤルGC」の魅力とは?

夢を叶えるため、上田治に白羽の矢

有馬ロイヤルゴルフクラブの歴史を紐解いていく上で欠かせない人物がいる。信用組合「大阪商銀」の理事長を務めた大林健良だ。宝塚GC、大阪GC、奈良国際GCのメンバーだった大林は、「いつかゴルフ場を作りたい」という夢を持ち、最適な用地を六甲山の北麓に見つける。山岳の多い関西エリアの中では比較的アップダウンが緩やかな土地だった。次のステップは設計を誰にオファーするか。自身のメンバーコース(大阪GC、奈良国際GC)の設計者だったこと、それにゴルフに造詣が深い知人にも相談したところ、「上田先生しかいないだろう」という助言もあり、迷いなく上田治に依頼したそうだ。

8H・Par4・350Y

8H・Par4・350Y

様々な要素が絡み合って名コースが誕生

縦横無尽に腕を振るってください――。大林が設計者・上田治に唯一オーダーしたのがこの言葉だった。コース造成着工は1971年。当時は大規模開発に対する行政の規制は今ほど厳しくない。上田は50万坪の広大なキャンパスに自由にデザインすることができた。上田は生涯50コース以上を設計しているが、「屈指の名作」が生まれた背景には、上田設計ということだけでなく、ゴルフ場として恵まれた土地に目を付けたこと、開発の規制が今ほど厳しくなかったことなども大きく影響しているのではないか。

11H・Par4・425Y

11H・Par4・425Y

随所で感じられる“UEDAism”

オープン当時は27ホール。東、中コース(現在のロイヤルコース)を上田が手がけ、西コース(現在のノーブルコース・IN)はこの頃、茨木国際GCの支配人を務めていた加藤福一が建設委員長として陣頭指揮をとった。加藤は後に六甲国際GCなどの設計者として活躍する。上田がデザインしたホールは、砦のような様相の砲台グリーン、C・H・アリソンから影響を受けた「アリソンバンカー」、アップダウンのあるダイナミックなフェアウェイ、ドッグレッグホールなど、“UEDAism”が存分に発揮された。

10H・Par5・547Y

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